イギリス人に空手を教わり想うこと
今年最初の空手の練習があった。不定期に招かれる外部の高段者含め先生は全てイギリス人。そもそも日本人ではない事が逆にそうさせるのか、彼らの精神性には日本人以上に日本らしい側面がある。八段のジャクソン先生には一度瞑想や座禅の心まで説かれたことがある。いやぁすばらしいな。自分の文化の一つに彼らが興味を持ち、感銘を受け、これほどまでに追求し、極めていこうとしているのが素直に嬉しい。同時にまた、逆に日本人で特定の外国文化に入り込んでいき、同じようにその道を極めんとする人たちを想う。パティシエの辻口博啓氏や指揮者小澤征爾氏など。
でも彼らに共通しているのは他文化の道に進んだからと言って自分の文化を捨てようとしていないこと。自分の国や文化と多様性を楽しめる素晴らしさ、両方を愛でる。そこがいい!
空手が世界中に広まったこと。それをイギリス人が極めんとし、また生徒をもてること。そして彼らは日本人にはなれないこと。
クラシックを誰もが楽しむ事ができること。その中の超一流に欧州外の日本人がいること。そして彼らは西洋人にはなれないこと。
西で生まれた本場の菓子が遙か東で味わられていること。その本場から更に先を行く菓子を作る日本人がいること。そして彼らも西洋人にはなれないこと。
それら全てがいいんだ。あぁまた旅をしたくなってきた!
世界を見なければ、日本一にはなれない。
世界中の情報をかき集めて、
どこで誰が何をやっているのかと見ているうちに、
自然と日本一になり、世界の道が見えはじめてきた。
そして世界の人々とコンタクトしているうちに出てきたのが、
「やっぱり僕は日本人だ」という答えだったんです。
僕はフランス人になれないし、アメリカ人にもなれない。
日本人が培ってきた文化の中に僕の武器が隠されている。
そういうことを感じたときに、日本人であることの喜び、
日本人であることのすばらしさに気づいて、
それから世界を狙えるレベルになってきました。
それにしても休み中だらけていたせいで全身が痛む・・・。
右腕に出来たあざとも腫れともつかぬよく分からない打撲跡も。


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